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Sep 14, 2019

昨夜「チコちゃんに叱られる」を見ました

令和元年9月14日

「何故、月にウサギがいる」のチコちゃんの問いかけに珍解答で例の如く「ぼーっと生けてんじゃねー!」がさく裂してましたが、その説明をするのに、多分偉いお坊様が出てきて説明されていたし、その後『インド昔話』として分かり易く説明されていて、「私が手塚治さんの『ブッタ』を読んだ記憶で大学の講義等で話をしているネタ元はこれか。」と思いながら見ていて、完璧な記憶として留められなかったので「コラムネタにするのは難しいな」と悶々としていたのですが救いの神が表れてばっちり(いやいやそれなりの)の原稿にすることが出来ました。

それは、朝ドラに引き続いての番組で「チコちゃんに叱られる」の再放送がされる事が分かったからです。私は思わずペンとメモ帳を用意して必要だと思う事をメモに留めましたので紹介します。それは、インドの経典『ジャータカ』の中にあるのだそうです。それを先ずは『インド昔話』と言う形で紹介していました。

登場するのは「サル、犬、カワウソ、ウサギと修行僧」です。その中で修行僧が『何か食べ物をください』と言うとサルはマンゴウを犬は肉をカワウソは魚を渡したのですが、ウサギは草しか渡すものがなくて心優しいウサギは修行僧に火を焚くように言って、自分を焼いて食べて貰おうと火の中に飛び込んだのですが、実際には火ではなくて焼かれることはなくて、修行僧は実は帝釈天で、ウサギの心優しい行動に感心した帝釈天が月に絵を画いたとの事で、『満月』の事を『望月(もちづき)』と言うので『望月、もちづき。もちつき、餅つき』になったとの説明でした。

私は、大学の講義の中で、手塚治さんが『ブッタ』と言う本の中のお話を私なりにアレンジして話した内容は「お釈迦様がお弟子さんを従えた布教の旅に出ていて民家もない野原で野宿をすることにして、いつものようにお説教を始められると、いつの間にかキリン、へび、サル、ウサギ等の動物が熱心にお釈迦さまのお説教を聞いていて、お説教が終わってから動物達が話し合い、「ここは夜になると寒くなるので、食べ物はないけど、せめて薪等を集めて暖を取って貰おう。」とキリンは高い枝の柔らかいのを、へびは体を丸めて薪を、サルはフットワーク良く薪を集めてきたのですが、ウサギは草のみで役にたたない。

そこで、ウサギは燃え盛る火の中へ飛び込み自分を食べて貰おうとした瞬間に天国に召された」との話しに尾ひれはひれを追加しています。この話をするときは、『欲得』の考え方ではなく、『相手を思いやる心こそ大切だ』と言う事を話する時に話をします。

中秋の名月の時の若山家の話をします。私が高校2年の4月7日に急逝した長姉で私が中1年の時から文字通り母親代わりだった姉光子(享年23歳)が私が中2年の時の中秋の名月の時、雲に隠れた月を見て「月にロケットが着陸なんかするから、おっ月さんが恥かしがって雲に隠れてしまはったな」と言われたのを聞いていて、その時は「そんなものか」位にしか思っていなかったのですが、今は「何て文学的な表現なんだ」とこの歳になって思うようになりました。リピーターの皆さん、私はこんな考え方で今まできました。共感して頂けるものがあればこれからもご支援を宜しくお願いします。