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Oct 9, 2019

私を産んでくれた母秋江さんと私の話

(ここは、日本昔話の歌から始まりますかね)

私は父進さん(A型)母秋江さん(B型)の間で長姉光子さん(B型)、次姉春子さん(A型)の次にこの世に昭和28年5月16日(横綱北の海と同じ日)に生まれました。ちなみに私の血液型はAB型です。母秋江さんとはわずか13年8ヶ月しか私との関わりはないのですが、余りに中味が濃いと言うかエピソードが多いのでこのシリーズはコラムのネタがない時に何回か登場させるとして、取り敢えず第1回と言うことでご理解下さい。

先ずは全員の血液型をかっこ書きで書いたのは、長姉光子さんは母秋江さんの血を受け継ぎ、次女春子さんは父進さんの血を受け継ぎ、私は両方の血を受け継いだ幸福者と言うことが言いたかったのです。つまり、両親の思いを一杯受け継いだと言うことです。但し、末っ子の長男程やっかいなものはないと自分でも思っています。つまりは『天下御免の甘えん坊』と言う事で自分で言うのですから間違いなく『甘アマ甘あま』の育ち方を謳歌したと思います。

何故ならば次姉の春子さんは今でも小さい頃の事になると怒ってきますから。

しかも、私は生まれて100日目に心臓が約5分間止まって復活はしたもののそれからの私は『虚弱児』の烙印を押される位で、例えば夏休みに母秋江さんが私に添え寝をして、なかなか寝ない私を団扇であおってくれるのですが、学校では昼寝の時間がなくて眠くないので母秋江さんが寝てしまった隙に家を脱け出し、友達がいる学校のグランドに行き野球をしていていました。夏の事で入道雲がもくもくときて、土砂降りの雨に打たれ慌てて家に帰り着き、母秋江さんの顔を見た途端に39℃近くの熱を出し、母秋江さんは怒るどころか介抱に忙しく、熱があり食欲がない私に私の好きなお刺身を買ってきて、温かいうどんを食べさせてくれるのが定番でした。

冬場になると気温も下がってきて、多分血の循環が悪かったんだと思うのですが、いわゆる『霜焼け』で両手は肘のところまで腫れ上がり手の指10本共に真っ赤になり、学校から帰ると母秋江さんがゴボウの湯で汁を作って待っていて、熱いお湯に手を浸けてゆっくり20を数え、次に水の入った方に手を入れまたまた20を数える事を5回づつしたことも大切な思い出ですし、夜布団に入ると体が温まり霜焼けのところがむず痒くなりなかなか眠れなくて母秋江さんの方が先に眠ろうとすると体を動かしたりわざと泣いたりして甘えたりしてました。

(次に母秋江さんの事を書くときは我が子の為に奇想天外な事をしてくれた事を書こうと考えています。)