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Oct 5, 2021

ボランティアをして腹を立ててはいけませんが・・・。

令和3年10月5日

地区有林の対応でお世話をさせて貰う事は既にこのコラムで書きましたが、元々お世話をされていた地元の長老の方と何度か打ち合わせをして岐阜県治山課から頂いた資料と私が作成した説明会の案内の書類をセットしたものを持って事情を説明する為に一軒一軒回っているのですが、留守の家もありまだ、全員の方には渡せてないのです。持って行った家の方の対応(反応)には一喜一憂しているのです。殆どの家の方は久しぶりにお会い出来た事と共に労いの言葉をかけて頂けたのですが、家によっては、「そんなことで話し合いをしなければいけないのか」とはっきりと言われる方がありました。正直に言えば流石に私もいらっとしたので、「私も良くはわからないのですが60年以上前に岐阜県の支援を受けての事業でその頃の約束が果たされていなくて岐阜県にご迷惑を掛けているので、私なりにお役に立ちたいと思いお世話をさせて頂いているのですが」と言うと、相手の方も流石に「お世話様です。」と言って下さるような事でとにかく割りの合わない仕事を引き受けたものだと考えています。

実は地権者の一人の方が本部施設に入居されていて、しかもその方は唱和31年にその当時の松野知事との契約の責任者として署名捺印をされているので若干の認知症はあるけれども何か情報が得られないかと話を聞きに部屋まで行きました。地区有林の話をするとその頃の事をしっかり覚えてみえて、話の中で私と同じ巳年だと言う事がわかり、思わず「私も巳年ですよ」と言うと「若山さんと一回り違うんか」と言われたので私は思わず「1回りでなくて2回りですよ」と強く言っていました。だって1回りだたら私は80歳になってまうやないですか。話をしていて気が付いたのですがその方は契約をされた時期には27歳だったわけでその頃は役場にお勤めだったとは言え27歳で代表者として活躍されていたのは驚きです。その後亡くなられた方のお名前を出すと「亡くなられたのか」としみじみ言われたのは印象的でした。

このような会話をしていて改めてしみじみ思うのは『自分が光り輝いているときの事は鮮明に記憶されていると言う事です。この話には続きがあります。それは施設でお話をした入居者さんの家に書類を届けに行くと立派な家に入居者さんの奥さまが一人でおみえになり、お話をしていると「先生にとって慣れない事でお世話様です。」と言われ、帰りの挨拶をすると玄関先の板間で正座をして丁寧にご挨拶して頂き、尚且つ私が玄関を出て、車に戻ると外に出て、深々とお辞儀をして頂きました。流石に昭和初期からの礼儀をしっかり身に付けた方だと思いリピーターの皆さん。一喜一憂していた私ですがスカッとした気分になりました。だから、お引き受けした役割はしっかり頑張りたいと思っています。