所在地マップ お問い合わせ よくある質問 在宅介護についての質問 個人情報保護方針 サイトマップ 
banner-mini
Jan 16, 2022

人間の体は精密機械よりも素晴らしい

昨夜は仏壇を綺麗にさせて貰った関係で遅くの夕食を終えていつもより遅かったためか、「眠いのに眠れない。」状態で寝ついたのは22時30分過ぎだったと思います。そして、「アラームが鳴った」と思いいつものように爽やかに目覚めてベット上での体操をしようとするのですが「眠くて出来ない。体調が悪いのか」と思いながらビデオデッキの時間を見て納得しました。

ビデオデッキが示していた時間は23時40分だったのです。そこで私は安心をして再び眠りにつき、今朝も4時50分のアラームで爽やかに起きて仏壇のお花の水換えと若宮八幡大神のお水を換えてウォーキングマシンに乗ってのお経を唱えたわけなのですが、そこで思ったのは何故1時間もしないのに朝だと思ったのかはわかりませんが、1時間しか経過してないことを体は精密機械のように覚えているのだと言う事です。眠いのに「必ず起きるんだ。」と言う意識は絶対に働いたと思うのです。しかしながら体はまだ1時間しか寝ていないことを知っていて動かない対応しかしない。つまり、『絶対にやり通すのだ。』との強い意志と(そんなに大袈裟な事ではないのですが)体はしっかりと知っていると言う事に自分ながら感心しました。

さて、本日は55年前の今日、私を生んでくれた母秋江さんが他界した日なのであります。昨日はお寺さんの車が家の前に停めれるように雪をどけ、仏壇を納得がいくまで綺麗にしたのですが、昨日程に綺麗にしたのは平成4年に仏壇を購入して以来初めてのように思います。変な話ですが55年前に他界した母秋江さんが生きていて、昨日の様子を見ていたらきっと、めちゃめちゃ褒めてくれただろうなとわけのわからん事を考えながら、つくづく思ったのかは「親孝行、したいときには親はいず。」とは言え、私の場合は55年も前なんですが・・・。

母秋江が他界したのは私が中1の時。他界する2週間前に母秋江の遺言のように話してくれた「宏は長男だから、お父ちゃんを支えなあかんよ」については、父進が他界した時に私は38歳でそれまで何も支えになることは出来なかったけで、喪主として、葬儀は立派に出来たところから父進さんと母秋江さんへの恩返しが始まったように思います。これは正に、『親孝行、したいときには親はいず』の最たるものだと思います。しかしながら、今の私は父進と母秋江に出来なかった恩返しを母秋江が二つ目に言った遺言でしているように考えています。その言葉とはこのコラムで何度も言っている『蒔かぬ種は生えないのでいっぱい種を蒔きなさい。』の言葉の実践です。

リピーターの皆さん。私は自分の事では何も出来ない言えないのに、人の為になることだと、しっかり意見を言って行動に移す事が出来るのです。しかし、この生き方を貫いていくと結局自分に返ってくると最近理解しました。つまり、人の為に汗をかくのは『正しいことをする尺度になると言う事に気が付いたからです。こんな生き方を導いてくれた事を母秋江の命日に理解できたのは幸せだと思っています。何かとりとめのない雑感になりましたが賢明なリピーターの皆さんなら理解して頂けると信じています。