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Jun 23, 2019

今(午前5時08分)列車をとらえました。次の列車がまたきました(午前5時12分)

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今(午前5時15分)また貨物がきました。

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10分の間に3本の貨物列車が通過したわけです。2台目の列車は同じ緑色の荷台だったので同じ運送会社のものだったようです。一時はトラック輸送に押されていたのが、盛り返してきたようだと感じました。

さて、昨日は若山家の氏神様である若宮神社で戦勝祈願をしたので、本日は体力温存の為に歩かないでおこうと考えていたのですが、目を覚ましたのが4時40分で天気も良いので「起きるべし」で「えいやー」と起き、本日は地域の氏神様である青坂(せいばん)神社から妙応寺に行き、若山家のお墓にお参りするコースに決めて歩き出し、青坂神社の急な山道を歩きながら小さい頃の事を思い出しました。

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この山道は線路を渡ってその当時あった公民館に行くのは子ども逹が危ないとつけて下さった道だな。子どもの頃は飛ぶように下りれたのになどと思いましたが、急で危ない所には丸太の木をさりげなく手すりのように置いてあったりして、思わず「今須の方は思いやりがあるな」と思ったりして・・・。

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若山家のお墓でしっかりお経を唱え、そのまま、我が家に帰るには想定した時間より早かったので、少し大回りすることにして、我が家の田圃の状態をみると言うコースに変更。鹿避けのフェンスを開けて入って行くとほとんどが休耕田になっていて草も刈ってないので背丈ほどになっていて、我が家の田圃はお世話をしていただいている方がみえるので草は刈ってあり、果樹の木を植えてもらっているので、隣の田圃に迷惑をかけてはいなくて「ほっ」として。

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ここまで来たなら違う踏み切りで帰ろうとして、お地蔵さんが安置されていたので、

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坂を下りて行くと『地獄谷』の大きな石碑があり、いつかはこの言われを調べてみたいと思いましたが、「今は角田君の事で全力だかね。」

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そして、踏み切りを渡り、国道21号線を横切り、民家の間の小路を抜けるといつもの旧中仙道に出て、

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関ヶ原町が設置した文化財の看板をじっくり読むと、『問屋場』がかなりレベルの高いものであったり、

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今須宿には本陣が一つ、脇本陣が二つあり、国境として栄えていたことがわかりました。

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と言う事は、明治の始めに将来を見通せる方がいたら素晴らしい街造りがが出来たのではないかと思いました。しかしながら、もし栄えていたらひょっとして私は饅頭屋のおやじになってあたかも・・・。決して饅頭屋の親父が悪いのではなくて、生き方が変わっていたかもと思うと楽しいなと言うお話でした。