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Jan 22, 2021

午前中は和合で幹部会とお参りで午後は・・・

9時30分から和合で幹部会あるので退院後に車の運転を控えている私を和合の事務長が8時30分に迎えにきてくれて(自分で運転出来ないのは不便です)和合の幹部会に参加して、理事長としとそれぞれの提案にコメントをして、11時前に幹部会が終了して引き続きショートステイ利用者さんとのお参りをさせて貰い(入居者さんはテレビに映して)お参り後は施設の昼食を準備して頂いたのを食べさせて貰い、食べ終わって直ぐに本部施設へ和合の車を事務長が運転して佐藤施設長の3人で向かいました。と言うのは13時から新規事業の厨房委託業者を決めるプロポーザルがあり、法人側として有利になるようにするために色々な意見を理事長として投げ掛けました。プロポーザルが終了後は岐阜県老施協の研修の講演依頼をする講師の先生への根回しを全国老施協事務局とやり取りをしたり、書類の整理を終えてから岐阜市まで書類を届けたいものがあり運転をして貰っている車の中で今はコラムを打ってます。明日は新規事業の今後の展開についての打ち合わせを岩田理事(税理士として会計をお願いしてる先生です。)とさせて頂くので今夜は早く家に帰らせて貰って理事長としてやるべき事をまとめて、効率良くうちあわせが出来るようにしたいと考えています。

 

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余談話『父進さんと宏君が丸坊主の訳』

先ずは父進さんが丸坊主の訳は・・・。父進さんは極度に近眼だったようでなかなか兵隊さんになれなかったようなのですが、戦況が厳しくなってから兵隊さんとして駆り出され終戦と共にシベリアに捕虜として抑留されて(1年近くと聞いてます。苦労しているのに明るく語ってくれてました。)35歳の時に石垣の所からそっと見た母秋江さんに一目惚れをして、養子に入りその当時は髪の毛を伸ばしていて、その当時は気の効いた整髪料がなく、べたべたの髪の毛をしていた父進に対して母秋江さんが「汚く見えるので短くしなさい。」と言われた父進さんは母秋江さんに嫌われたくなかったのかどうだかは定かでありませんが、床屋に行ってバッサリと丸坊主にして、それ以降生涯丸坊主を通したと聞いています。もう一人の宏君の話をします。私は平成18年8月8日の日から全国老施協の本部役員(初代総務委員会幹事)としての役割を頂き、その当時の中村博彦会長に仕えるようになり神戸で全国大会があり、ホテルで寝ていると早朝5時(5時ですよ)に携帯のコールがなり、中村会長の部屋に来いとの事で慌てて着替えて走った走ったで部屋に入ると中村会長が「なんじゃそのボサボサの頭は」と言われ次に「バッサリ切ったらどうや」と言われたので、大会が終わって直ぐに本当に短くして東京の本部(当時はTBRビル)に行き中村会長に「会長バッサリ切ってきました。」と言うと「うん」と言う感じだったのですが次に返ってきた言葉が「まだまだ。やっぱりお前は中途半端な奴やな」と言われたので、またまた次に本部に行った時には今の丸坊主になって行ったのです。このやり取りは考え方によっては中村会長とのじゃれあいのようなものだったと思いますが今も丸坊主でいるのは中村会長が亡くなった今も中村会長の教えを大切にする証しだと思っているからからなのかも知れません。リピーターの皆さん私はこんな人間ですがこれからも宜しくお願いします。