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Aug 27, 2021

足音

令和3年8月27日

入居者さんがしっかりと眠られて『シーン』としている施設内の廊下を歩くときはなるべく足音をたてないようにそっと歩くのですが夜勤者の職員の中には靴音が大きいのがいたりすると「なるべく足音がしない靴に替えた方が良いのではないか」と言ってきたのですが毎日足音を聞いている入居者さんは『慣れ』もあってか、私のように気にかける方はあまりいないように思うようになりました。その代わり足音で職員が誰なのかを聞き分けられているように思います。基本的にはその足音を聞き分けて入居者さんの中には「今日は安心して眠れそうだ。」とか「少し不安だ。と言う風にです。

人間は感情の動物と言われているので、そう言う意味では常日頃の人間関係によっては同じ足音を聞いていても違った風に聞こえるかも知れないし、時にはその日の感情の持ち方によっても違うのは人間の摩訶不思議なところだと思います。と足音をテーマにして書いていて思い出したのは私が神戸北小学校の教員として4年3組の担任をしていた時に、私の事が心配だったその当時の校長先生が毎日のように廊下の窓越しに私の授業風景を見に来てくださりそのときの廊下を歩かれる時の足音は平生の歩き方よりも大きな足音がしたように思うのですが、校長先生の足音が響くと今までざわついていた教室内が急に静まり返り誰とは無しに「校長先生が来たぞ」との声があがるのです。

ある意味、涙が出るほどに嬉しかったのを昨日の事のようによみがえってきました。あの毎日の校長先生の日課は私が当時の西濃教室事務所の課長さんの指導の為の授業を見て頂いた日まで続いたのも鮮明に覚えています。今から考えたら当時の校長先生が毎日廊下越しに確認にこられた気持ちはよくわかります。だって、板書は適当で授業も思い付きの事が多かった私ですから。板書が適当になるのは授業の流れをしっかりと押さえないものだったと今になれば思いますから。そう言う意味では研究事業で真剣に取り組み板書は事前にビー紙にマジックで書いたものを張る形にしたのです。そうする事によって授業の流れが乱れる事はなくなり正直余裕のある授業になりました。

ただし、毎日毎日予習をしなければいけなかったので一見準備が大変そうですが、教育者の父進は私が意欲的に授業の準備をしているのを嬉しそうに(多分ですが)見てくれていたと思います。ただし、私は次の日の準備をしたら持っていくものの用意はしても正直片付けばしないで寝てしまうのが常でしたが、朝になるとやりっ放しのものは綺麗に片付いているのです。それは言うまでもなく父進が片付けてくれていたのです。今から考えたら大甘の父進さんでしたが、そんな息子でも毎日頑張って準備をしている息子の姿が嬉しかったんだと思います。しかしながら、そんな父進の事を「いらんことして」と思う事があります。それは今でも片付けが苦手なのです。勿論散らかすのは得意ですが・・・。

そう言う意味では、父進は私のすることが心配で心配で亡くなる直前までしっかりしていたな。大学で講義をしたり、父進の付き添いなんかをしたから安心して天国に行ってしまったとすると、リピーターの皆さんも思いませんか「もう少しフラフラしていた方が長生きしたのでは」と。天国の父進さん。勝手な事を言ってごめんなさい。